タレント・マネジメントが、全くうまくいかない理由

自社内にいる人材が持つスキルや能力などを個別に把握することによって、各業務にもっとも適した人材を配置できるようにするとともに、個別にその能力の開発計画を立案・実行しようとするのがタレントマネジメントだ。感覚やイメージで人の配置を決めたり、個別性に配慮せず画一的な教育を施したりしていては駄目だということで、ここ数年、これに熱心に取り組む企業が増えた。

構想としては、@職種別・階層別に必要な知識・スキルを定める、Aそれらを満たしているかどうかを個別に評価する(又は各自にチェックさせる)、Bその結果をまとめて人材のデータベースを作る、C異動暦や保有資格などの従来のデータベースと合体させる、D検索性を高め、人事異動や教育研修にそのデータベースを活用する、ということになる。一見、うまくいきそうなのだが、データ量が膨らんだだけでほとんど利用されないケースが非常に多い。利用されている企業でも、従来の人事異動や教育研修から進化した実感はあまりないだろう。理由はその取り組み方において、日本の伝統的な人事のパラダイムである「標準化主義」を脱していないからだ。

「@職種別・階層別に必要な知識・スキルを定め、Aそれらを満たしているかどうかを個別に評価する」という発想は、上司や人事が理解できる範囲内の「特徴のない標準的な人材」を作ろうとしているのに他ならない。標準化主義は、弱みがなく、ソツなく何でもそれなりにこなせる人を良しとし、得意を伸ばすより苦手を克服させようとする。その結果、任せて安心の『普通の人』が量産されていく。『普通の人』たちのデータベースが出来上がる。ここで問題が生じる。『普通の人』をどう活用するのか?(皆が普通だから、誰を任命しても大差ない。)『普通の人』の能力開発をどうやって進めるか?(結局、これまで同様の画一的な教育研修を施すしかない。)

タレントマネジメントへの取り組みは、多くの会社で、従来の人材データベースの量を膨らませた程度に終わっており、人を活かし育てるという本来の目的にはほど遠い状態にある。人材データを管理しやすくなるシステムを作っている会社が儲かっただけで、働く人達や経営には今のところ、まったくいいことがない。重要なのは、@〜Dの手順にこだわってシステム構築をすることではなく、染み付いた「標準化パラダイム」を転換することである。

●タレント=強み
タレントを「人材」と曖昧に理解してしまうから、標準化主義によって人材が「普通の人」になってしまい、その活用や育成がうまくいかない。タレントとは「才能」である。才能とは、標準化された知識やスキルではない。上司や先輩たちがやってきたことを出来るようになった状態を指して、才能があるとは言わない。才能とは差別化された強みだ。他の人には出来ないことが出来る、他の人にはない知識を持つ、他の人が見えないことに気付くといったスキル・能力である。タレントマネジメントは、差別化された強みに焦点を当てなければならない。標準化パラダイムとは、真逆の発想だ。自社内の人材の多様な(それぞれ差別化された)強みを伸ばし、それを把握し、業務や状況に合わせて組み合わせることである。

タレントマネジメントは、ドラッカーが述べたことの実践とも言えるだろう。「何事かを成し遂げられるのは、強みによってである。弱みによって何かを行うことはできない。もちろん、できないことによって何かを行うことなど、到底できない。」「成果をあげるには、人の強みを生かさなければならない。弱みを気にしてはならない。利用できる限りのあらゆる強み、すなわち同僚の強み、上司の強み、自らの強みを総動員しなければならない。」「人の強みではなく弱みに焦点を合わせる者をマネジメントの地位につけてはならない。人の出来ることは何も見ず、できないことは全て知っているという者は、組織の文化を損なう。」「組織の役目は、人の強みを成果に結び付け、人の弱みを中和することにある。」

強みに集中することを力説したドラッカーだから他にもこのような言葉は沢山あるが、これらの言葉を「名言」として片付けてしまわず、タレントマネジメントの仕組みづくりや運用にどう活かすかが問われている。標準化によって強みは生まれない。従って、標準化は成果を生まない。弱みに焦点を当てる標準化は人を元気にしないし、成長にもつながりにくい。弱みは組織でカバーすればよいのであり(それが組織の存在意義である)、個人に弱みの克服を迫るべきではない。タレントマネジメントは「強みに焦点を当てよ」と言い、多くのビジネスパードンに影響を与え続けているドラッカー理論の実践と位置づけるべきなのである。

●強みに焦点を当てた、タレントマネジメントの実践
強みに焦点を当てたタレントマネジメントは、以下の3ステップによって実現する。
一つ目は、「強みづくり」だ。強みは、本人任せで何もしなければ、それを発見・自覚できない。弱みは本人にも周囲にも分りやすいが、強みは自分でなかなか見つけられない。したがって、それぞれが強みを発見し、それを自覚するよう促すのが上司や人事部の役割となる。振り返り面談、他者からの評価、アセスメントツールの結果などから一緒に強みを探していく。強みを発見・自覚できれば、それを伸長していけるように支援する。選択型の研修制度も、強みが自覚されないから受講者が増えないのであって、強みを自覚し、伸長させるという目的があれば、受講意欲も格段に高まるはずだ。

ここでは、弱みに触れるべきではない。弱みに触れるだけで、強みに焦点が当らなくなってしまうからだ。また、強みを「○○の知識」「○○力」などで分類すべきではない。それこそが標準化パラダイムのなせる業で、本人の自覚とは異なる表現になりがちだし、他者と差別化されたものにはならないからだ。強みは、本人の言葉で定性的に表現されたもので構わない。

二つ目は、「強みの周知」である。強みを持つ個々が、自分だけ、自分の部署だけに埋もれていては組織全体で効果的に活用されることはない。だから、誰がどのような強みを持っているかを、組織全体に対して発信・表明する仕組み(システム)が必要になる。自社内にどんなタレントがいるのかを、人事部だけではなく全員が分るような仕組みだ。何かに困ったときにアドバイスやサポートを求められる相手が身の回りの人たちだけという状況では、強く柔軟な組織とは言えない。それぞれ差別化された強みを持つタレントたちが全社の様々なところにおり、彼らを探し出して助けを借りられる状況を作るようにする。当然、うまく探し出せないケースもあるだろうから、強みを募集する仕組みも要る。部門の枠を超えた協調的な仕事は、強みの発信・表明の仕組みと募集の仕組みの両方を機能させるのがポイントである。

三つ目は、「強みの柔軟な活用」だ。会社・人事部が行う定期的な人事異動が、顧客本位のタイムリーな組織編制を常に実現しているわけではない。今の体制が、顧客が求める内容やスピードに常に適しているわけでもない。顧客が求める内容を顧客が求めるスピードで提供するには、上司や本社が介入することなく、担当者が組織の枠を超えて全社から強みを調達し、自らチームを編成するくらいの柔軟性が必要だ。そうすることで、顧客満足を高めるとともに、せっかく持っている強みが発揮できない仕事についている人も減るだろう。部門長による囲い込みやセクショナリズムによって、強みの活用が阻まれるような状況も避けなければならない。

強みに焦点を当てたタレントマネジメントを実現するには、働く側の意識も変えていきたい。強みがなくても仕事は与えてもらえるものという「宮仕えパラダイム」、上司や先輩と同じように出来たいという「同質化パラダイム」は、そもそも強みに焦点が当っていないからタレントマネジメントが機能する可能性は低いだろう。謙虚は美徳、アピールは下品といった考え方も、強みを周知するのが難しくなるからタレントマネジメントの大きな障害になってしまう。